(テスト用)ゴールデンウィーク期間中の休業・配送について
沖永良部島で生まれ育ち、77年。清水東順さんの人生は、この島の土とともにある。現在は「島桑」の生産者として知られるが、もともとは島の基幹作物を支える農家として長年畑に立ってきた。
若い頃から手がけてきたのは、バレイショとサトウキビ。さらにマンゴー栽培にも取り組み、20年以上続けてきた。春は植え付け、夏は草刈り、秋は収穫、冬は土づくり。台風の進路を気にしながら空を見上げ、長雨に備え、日照りを心配する。海から吹き上げる潮風が葉を揺らし、赤土が靴の裏にまとわりつく。農業とは、自然とともにある営みだ。
「島の農家はね、その時その時で考えながらやらんといかん。天気も相場も、自分ではどうにもならんから」
作物が変わっても、土と向き合う姿勢は変わらない。収穫がうまくいった年もあれば、台風で一晩にして畑が荒れたこともある。それでも、翌朝にはまた畑に立つ。それが農家の当たり前だった。
そんな東順さんにとって、11年前に始まった桑事業は新たな挑戦だった。
きっかけは役場に勤める息子が桑の事業に携わるようになったことだ。健康志向の高まりのなかで桑の葉に注目が集まり、島で本格的に栽培しようという動きが生まれた。説明会では1キロ900円での買い取りが提示され、14名ほどの生産者が集まった。
「最初はね、島の新しい産業になるんじゃないかと思ったよ」
島にもう一つ柱ができるかもしれない。みなの期待を背負って、事業は島の大きな支援のもとに始まった。だが実際は1キロ100円。現実は厳しかった。
「100円ではね、全く合わない。赤字よ」
それでも東順さんはやめなかった。
「ここでやめたら、何も残らんと思った」
桑は、ただの作物ではなくなっていた。島に根づくものをつくりたいという思い。長く農業を続けてきたからこそ、簡単に諦めることはできなかった。
「新しいことをやるなら、ちゃんと根づかせたい」
